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[一刀のもと斬り捨てられたのは獣。
しかし獣は、たおれることなく煙のように立ち消えた。
刃に纏わる僅かな血糊を、紫浮織の袖でぬぐうおとこの
何所より来るを識るものはない。
ただ、そのすがたを見れば何所ぞ公家の従者とでも判ずる――
おとこはそういった出で立ちをしていた。
陽を受けた髪はすこし赤い。]
――まっこと、魑魅の絶えぬ都よ
[おとこは、言葉のほかには
刀を納める音も、少しの靴音も立てず
全く静かに、人の行き交いはじめた大路へと
歩き去って行った。]
−六条邸−
[琴の音が途切れたのを不思議に思ったのか、少年を呼ぶ声が几帳の向こうからかかる]
…問題ないよ、お下がり。
起こしてすまなかったね。
[その声は、静かに声の主を下がらせる。
しばらくして衣擦れの音がして、それは次第に遠くなる。
指から舌をはずせば、僅かに腫れた部分を見てその状況を把握し、問題ないとばかりに切れた弦を張り替えはじめる。
その手付きは慣れていて]
[清い笛の音が途切れて眉顰め。そして]
…しかし…面妖な。
笛の音が濁るのは何かよからぬこと…
[笛が濁れば清さを尊ぶ琴は尚のこと。そうして思い浮かぶのはあの六条の若宮。偶に笛と琴を合わせる仲でもあり。風流な祖父宮とは年離れながらも]
一つ、ご機嫌伺いにでも参ろうか
[自宅へ向かわず、牛車は向かうは六条邸。先触れぬ無礼、お赦し頂けるか。とかく、先に従者を走らせて、答えあれば向うつもり]
[琴とは、縮小された世界なのだという。
上胴の半円は天を模し下胴方形は血を模し。
その長さ、一年を示す三尺六分五寸。
肩幅六寸は六合、腰幅四寸の四時。
弦を押さえるは十三───十二と閏月の数の徽。
そのうちの一本が、変えたばかりなのに、ぶつりと]
…何もなければよいけれど。
[外した一弦を手の内に、少年は呟く。
その聲が空気に溶けたのと同じ頃、再び几帳の向こうから声がかかる。
それは笛の奏者の訪れる前触れ]
…中将殿が?
[少し、考えるような表情。そして少年は答える。その返事は了。
切れた弦を小箱にしまって]
―庭先で―
[不安に陰る貴族の面、かれが何やら尋ねる風であれば
白纏うおとこは薄笑み浮かべ]
さぁ、百鬼夜行も
昨夜そこな通りを横切ったと聞きますから。
――あぁ、いけない。
怯えすぎてはよろしくない。
つけこまれますよ。
[笑みを敷いたまま謂った。
相手がそれを脅しととったか、諭しととったかは定かではない。
去る背なを見て]
都にあやかしの途絶えた試しなどないというのにな。
おかしなことだ。
[わらう。白鳥の式が肩にとまった。]
修道女 ステラは、人狼 に希望を変更しました。
若宮様のご機嫌麗しきことお喜び申し上げます。
祖父宮様、若宮様にお変わりはございませんでしょうか?
[暫し後、宮家の門を潜ること許されて。几帳の向こうより頭を下げる。宿直の疲れは顔には浮かばず、まずは若宮、祖父宮の健やかを祝い申し上げて]
…唐突なお伺いをお許し頂き恐縮にございます。
ふと夜明けに気がかりなことあり、若宮様のお声を頂きたくまかりこした次第。何事もなく安堵いたしました。
[簡潔に用事を述べつつ]
修道女 ステラは、C国狂人 に希望を変更しました。
[几帳の向こうより聞こえくる衣擦れの音、声に少し目を細める。
祖父宮はといえば、来客があっても眠いのであれば眠いと一言のみの様子で結局少年は一人、青年と対することになった]
宿直のお役目を済ませていらしたのですか?お疲れ様です。
中将殿も恙ないご様子、安堵いたしました。
[几帳の向こうへと声を一つ投げる。
青年の気がかりの一言に眉が寄せられるも、其れは几帳によってさえぎられ彼の目には届かないもの]
…気がかり、ですか?如何なされました。
まぁ、何にせよ。
[肩に乗った式はまた飛び立つ。
追うように足を踏み出した。]
よろしくないのは、事実な訳だ。
[開いた門、おんなの居ない屋敷、
死にちかいにおいがする]
方違えしろと謂ったのに、やれやれだねぇ。
[あの従者は帰らなかった。]
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