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僕は何も言えなかった。
気まずい沈黙が流れて、そして、たぶん、駄目だって察したんだろうね。僕を押しのけるようにして脇をすり抜け、妹が走り出したんだ。
――その日は、前の日の大雨で川が増水していて、酷く濁り、うねっていた。
慌てて追いかけたけど、間に合わなくて……
土手から足を滑らせた妹は、川に落ちて濁流に飲まれた。
気づいたら、僕はその後を追って飛び込んでいた。
黒い波の間を、妹の小さな手が浮き沈みしているのが見えた。
僕は必死でその手を追いかけて、漸くその手を掴んだ時には、だいぶ下流に流されていたと思う。
お祭りのお囃子も聞こえなくなっていて、聞こえるのは、川の流れる音ばかり。
妹を岸に上げて――
僕は、自分から、その手を離した。
妹の叫び声が、一瞬で遠くなって
濁流にのまれた僕が最後に見たのは、満天の星の間を流れる、しろいしろい、天の川。
[ゆるく、穏やかな顔で微笑んで。カロラはミナを見た。
彼はどんな顔をして聞いていただろうか]
『ベニ!頑張って!起きて!ベニ!』
[再び頭に響く、自分を呼ぶ声。]
(…そうだ、これ、ママの声だ。)
[ママの声…そう認識すると、記憶は溢れるように蘇った。*]
[カロラの話をただ静かに聞く。時間が経って冷えたコーヒーのマグカップを無意味に手で包んでいた。
彼がここへ来た理由を話せば、戸惑うように眉根を寄せて]
…ここは、死んだ人が来る場所なの?
君は…。
[―望んでここへ来たの?
その言葉は飲みこんで。乗りこんで、話を聞いて、分かっていたけど振り払っていた事実が目の前に迫る。
問いかける唇が、震えていた]
[クノーから乗車券を受け取り>>39、思い出したことを紡ぐ。]
…ちっちゃい頃はね、ベニも元気に走り回ってたんだよ。
おうちは神社で、…おうちのお手伝いの時にはいつもこの格好で。
近くに小さい公園があって、そこで遊んでる仲良しの子もいたの。
公園からは中学校が見えて、その中学校の制服がすごいお姉さんっぽくて、お友達と一緒に中学校に通うの、楽しみにしてた。
まだ幼稚園にも入ってなかったのに。
でも、幼稚園に入る前の、夏祭りのすぐ後、身体が起こせなくなって、そのまま入院しちゃった。
お友達と通う予定の幼稚園の制服も、ベッドから眺めただけで一度も着られなかった。
ベッドの傍に置かれたピカピカのランドセルも、一度も背負わないまま。
幼稚園も小学校もいつかは通えると思ってた。
苦しいのを我慢して頑張れば、通えると信じてたの。
でもベニの身体はそれだけじゃ良くならなかった。
白い部屋に入った時から、もう何年もベッドに横になったまま。
背中を起こせる角度も、どんどん低くなっていってて。
それで、最後のチャンスって言われて。
1年後の中学校には通えるようにって、怖い「手術」も受けるって言ったんだ。
手術の日、眩い光の下で、数を数えてたらふわっとして、真っ白になって。
…気が付いたら、ベニは制服姿でおうちの近くの中学校にいた。
[一息に喋りきると、ボストンバッグを開ける。
中から出てきたのは…可愛らしいブラウスと、プリーツスカート。]
…これが入ってたんだ。これ着て、中学校にいたの。
[手に取った制服は、不思議なことに着替える行為なく着用できた。]
[ミナの唇が震えている>>38。
……そうだろう。自分が死んでいたなんて、思いたくないはずだ]
……そう。
これは、北の十字架から南の十字架へ、死者を運ぶ列車。しあわせを見つけた魂は、列車を降りて天上へと旅立っていくんだ。
[ミナが飲み込んだ言葉には、気づいてはいたけれど気づかない振りをして、だけど少し躊躇って。
……目を伏せたまま、言葉を紡ぐ]
…………。
濁流にのまれて次に気づいた時、僕は銀河ステーションのホームにいた。
鉄道が出ると言われたけれど、妹のことが気がかりで乗ることが出来なくて、だけど戻ることも出来なくて……ただ、あてもなく待っていた。
そして何本か見送るうちに、僕は知ったんだ。
――あの時、自分が死んだことを。
でもね、中学校から出られなかったの。
おうちの神社も見えるのに、帰れない。
学校の中を歩いていても話しかけても誰も気づいてくれない。
明るいうちにモノに触れようとすれば、手がモノをすり抜けた。
日が暮れるにつれて少しずつモノに触れる感触があったから、気づいて欲しくて、悪戯したんだ。
消しゴムを落としたり、ボールを転がしたり、落ちていたものを拾ってみたり。
校内から人がいなくなった頃にはモノに触れられたから、音楽室でピアノを弾いてみたりもした。
いつしかベニの悪戯は、「七不思議」なんて言われてた。
――あんなに通いたかった中学校なのに、周りに人いっぱいいるのに、すごい孤独で、寂しくて。
…暫くして一緒に遊んでたお友達が入学してきて、卒業するまで近くで一緒に過ごしたの。
でも、3年経ってお友達は卒業して中学校から出て行った。
空っぽになった教室で、また独りなんだなってで立ち尽くしていた。はずなのに……
気づいたら、ボストンバック抱えて検札口前に立ってたんだ。
[ふと窓の外を見ると、赤く燃える星が後ろに流れていくのが見えた]
……ああ、赤く燃える蠍が見える。
もうすぐ、駅に着くころだ。
……ミナは、どうしてここに来たのか、思い出せたかな。
僕はたぶん、サウザンクロスで降りることは出来ないから。もし降りてしまうのなら、君の話も聞いてみたいんだ。
[さようならの前に、と波ひとつ無い水面のような穏やかな笑みを湛えたまま、彼に話を促した**]
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