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[ひび割れた柱に義手をもたせかけ、]
愛称で呼ぶなとは、つれないな。
…あの時は、 あんなに可愛い声で鳴いた・・
[つり上がった金色の瞳を見下ろし、クックッと嗤う。]
相変わらず誇り高い。
随分とひさしぶりだ。
私自身伯の椅子なぞ取る所からやり直すはめになるとは思わなかったが、お前と再会するとはな──。
――ッ
[怒りか羞恥か、頬にさっと朱が差した。]
黙れッ!!
[一歩踏み出して、言葉を遮るように一喝する。
睨みつけるが、緋色の魔物は悠然と笑っただけだ。]
おのれ愚弄するか……。
お前との再会を懐かしむような趣味はない。
[怒りを押さえつけるように、
拳を握り締めた。]
……その眼はどうした。
[窪んだ眼窩は記憶の中にはないものだ。
一歩前へ。]
再生も出来ぬか?
お前の気配、依然とは比べ物にならぬほど弱っている。
何があったのかは知らないが―――無様だな。
[眼を細めた。
ちりちりと胸奥が焼けそうな感覚を持て余す。]
…そうだな。
以前なら、お前を組み伏せるなぞ、雑作も無かった。
眼球だけなら、再生は出来るかもしれん。
だが、今の所戻す気は無い──、
[クァルトゥスは、どくりと脈打つ左腕──暗赤色の義手を、ウェスペルに差し伸べた。虚無を纏った冷気が、二人の周囲の温度を下げる。]
[組み伏せるなどと
疼いた古い傷痕を庇うように、自分の手首を掴んだ。]
傷痕は、何かの記念、か?
過ぎた感傷に浸るようなたまではないと思って――
[冷える空気、記憶にはないそれに眼を見張る。]
……な、
[ぞ、と背筋が凍るような
無を内包する冷気だ。]
誰がお前などに!
[距離をとろうとするが
冷気で鈍ってしまうような錯覚に陥る。
正体不明の、この冷気をかれは知らない。
暗赤色の義手など知らない。]
っ、触るな――!
[僅かでもその手が触れたなら、
*噛み付かんばかりに睨み返すだろう*]
[最前クァルトゥスから受けた愛咬の痕は、既に彼自身から得た魔力で再生し完全に消えていた。
淫魔の特性であるのか、混じり合わせた体液も綺麗に膚に解け、情交の痕跡は傍目には微塵も感じさせなかっただろう。
ただ、匂いが。。
激しい快楽を得たばかりのからだからは、ほんのりと麝香のような香りが漂っていた。
そして、ジュアンを目の前にしてそれは、咲き誇る花の香を加え、より一層得も言われぬ芳香へと変化して強く匂い立った。]
[相対するジュアンの視線が、曝け出された乳房や秘部に一度も留まらぬことにザリチェは気付いた。
こちらを見詰めるジュアンの瞳は熱を帯びていたが、視線にはその熱に相応しい「対象を求めんとする力」が欠けている。
全く欲望を持たぬ悪魔で無い限り、この絖のごとき光沢を放つ膚を見て、寸毫も眼を奪われぬ魔など居る筈がないとザリチェは思っていた。
確かに、誘惑の技をものともせぬほどの、金剛石のごとき意志の強靭さを持つものも居る──強大なる諸侯達だ。
それから、人型の魔には欲情しないものも。
だが、ジュアンはそのどちらにも該当しない筈だった。]
相変わらず……
[すん、すん。
獣のように鼻をぴくりと動かし]
……佳い香りですねぇ、ザリチェさん。
闇深き城に住まう姫君から漂う清楚な香りもきらいではありませんが、あなたから漂う、甘い花の蜜に獣の血を交ぜたような香りが、僕は大好きです。……足許を夢幻のいろの蔓で絡め取られて、永遠に眠らされてしまいそうな、その香りが。
[目を細めて、にこりと笑う。
視線は、ザリチェの顔のあたりに固定したままに。そういえば衣擦れの音があまり聞こえてこないような気もしたのだが、ジュアンにとっては、それよりも重要なことがあった。]
――…と。
違う匂いが交じってますねぇ。
誰のでしょう……猛々しい匂いがします。
誰の匂いか、知りたいのか?
[にやり、と深くなった微笑は悪戯な輝きを帯び。
滑るように淫魔は馬から降りた。]
それよりも、ジュアン。
この間、遊んでくれると言ったな?
[さらりと髪をかき上げ、ジュアンに一歩近付いた。]
[すん、すん。]
[本来ならば、どれ程鼻の利く魔物でも察知できないであろう――微かな、あまりにも微かな匂い。ザリチェも完全に消し去ったつもりであろうその「別の香り」は、本来ならばジュアンにも嗅ぎ取れない程に小さなものであった筈だ。]
……誰でしょうねぇ……
ザリチェさんの躯に、跡を残したのは。嫉けますねぇ。
[躯の奥に隠した《青》が、ジュアンの中で蠢く。突き上げるような鼓動、膨張する熱――…与えられた《青》がザリチェから放たれる誘惑の糸と共鳴し、ジュアンの思考と本能を刺激する。]
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