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[温かく軟らかい舌の感触が呼び起こすのは、喘ぎの震音。
弦を押さえる奏者の導くままに、吐息の旋律を紡ぎ出す。
淫魔の膚に滲む汗は複雑な味わいの甘露、
どんな調香師も敵わぬ香り重ねた天然の香水。
それもまたザリチェが奏でる旋律であり、
男の背や脇腹や腰を優しく滑るように彷徨う手も、奏者の爪弾く音を飾る琵音なのだった。
今この度、この時だけは、ザリチェはただ一人名手ジュアンが弾き鳴らすためだけに誂えられた楽器であった。
──先刻、武神たるクァルトゥスに対しては、征服されざる炎であったように。]
ジュアン……
ジュアン、
己の瞳の色が違っていたら、貴方はどうするのだろうな……
己に触れもせず、この快楽も味わおうとはしないのかな……
[低く囁き、クスクスと喉を鳴らして笑う。
その声には悪戯な響きが篭っている。
覗き込むようにあわせた瞳の色を徐々に、ジュアンの髪の色を映した薔薇色に変えていく。
ジュアンの目が見えていれば、これほどの至近距離では必ず気付く。……だが、彼の反応をザリチェは予期していた。]
[幼い魔の気配がややこちらに近付いたのを感じる。
そのことは、全身がジュアンの音で満たされていく共鳴胴となっていてもしかと分かる。]
[柔らかな肌、張りのある肉の質感。触れるたびにしなやかな音が鳴り、ジュアンの鼓膜に悦びの響きが侵入する。
ザリチェの汗腺のひとつひとつから甘やかでねとついた芳香が立ち上ぼるのを感じ、ジュアンはすんと鼻をひくつかせ、ザリチェの首筋に唇を寄せた。]
[ザリチェの問いが、恍惚を奏でるかれの本能を遮り、思考をさらりと撫でて刺激する。]
……え?色、ですか。
さあ………どうでしょう。それでも、この香りがきっとこの僕を惹きつけてやまないでしょうねぇ……。
[ザリチェに見つめられたらしいのを察知したのか、ジュアンもじっと「目を合わせた」。]
[――が、視界が塞がったジュアンは、眉ひとつ動かさずに、にこりと微笑むのみ。]
[もしかれの目が見えていたとしたら。おそらくかれは、ザリチェの目の色が薔薇色に変わったことに、ひどく失望するだろう。
――なぜなら。
かれは、極上の青の他には――黒と白しか「色」が分からないのだから。誰もが絶賛するであろうその「薔薇」も、かれにとっては――…]
………ニクスさん、ですか?
[ふぁさり。頭の動きに合わせて、髪が揺れる。]
あははは……
そういえば、あのこも「遊んで」ってよく言ってましたねぇ……。
僕は、もっとニクスさんがオトナになって、あの《青》の中に闇の深さ……或いは《こうる》影が見えた頃になったらお相手したいなぁって思ってましたが……或いは、今近くに「お呼びする」のも良いかもしれませんね。
――…どうしましょうかねぇ?
[ジュアンの唇が、大きく弧を*描いた*]
[予想通りの反応が返ってくるのを見、ザリチェはジュアンが「時折視覚を喪っている」のを確信した。
見えている時と見えていない時の切り替わりは何時で、そのきっかけは何なのか全く予想がつかないが、少なくとも現在は見えていないらしい。
でなければ、あれほど「青」に執着を見せたジュアンがこの瞳を見て、何の反応も返さないということはありえないのだから。
だが、とりあえず今はそれ以上考えることは止めた。
今の時を愉しむことの方が遥かに重要であったから。]
[銀の影よりは抜けれど、その場から去るでもかれらに向かうでもなく、その姿は寄る辺を求めるかの如く闇馬の傍に在った]
……、不快だ。
[眉根を寄せて、小さく零す。
得体の知れない感情が、心中の泉を揺るがす。
表面には表れねど、内面は酷く荒れていた]
[ジュアンの笑んだ唇に軽く口接けつつ、くつくつと喉を鳴らす。
その唇もやはり、そっくり同じ弓の如き弧を描いている。]
そう思うなら貴方が教えてやれば良いのに。
全く気の長いこと……
青い果実が熟すのを待つうちに、誰かに捥がれてしまったらどうする?
[そう茶目っ気たっぷりに囁いて、今度は深く口接ける。
お互いの舌と口内の感触を味わい、顔の角度を変えて幾度も。]
[やがて、ぬめぬめと濡れた紅い口唇を舐め、ジュアンに寄り添ったまま肩越しに振り返る。
青い瞳が暗い森のなかで燠火のように輝く。]
──おいで、
[うっすらと蠱惑の微笑を投げかけて、闇馬の傍に迷子のように佇む幼い魔を差し招いた。]
[――おいで。
投げられた一言は小石の如くに泉に落ちて、水面に波紋を広げた。
密かな毒をも抱いた甘い誘いは水底にまで沁み入り、揺らぎが強くなる]
……なんで、
不快だよ、
不愉快だというのに。
[言葉とは裏腹に、足は進んだ。
かれの瞳から、目が離せない。
幼き魔の眼には戸惑いが浮かぶも、隠れた好奇のいろがあった]
[遅々とした足取りでかれらの傍らにまで辿り着いたところで、かくりと膝が折れた。
ふわりと地面に広がる、穢れなき白。
かれの抱く紅と青の前では、儚く失せてしまいそうだった]
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