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―自身の館の庭―
……身の程知らずが。
[忌々しげに謂うと、
針は銀の靄を一瞬だけ残して消えてしまう。
様子見の使い魔か何かであろうが。
何気なく視線を移した鏡の噴水が
一瞬影を映した。]
――……よもや。
[またも眉間の皺が深くなる。
非常に、非常に理解しがたい、この上なく相容れないであろううつくしい(と見た目だけは謂って差し支えない)悪魔の影を見た――気がしたゆえである。]
使い魔が来たわ。
新たな領主を決める、とね。
わたしは候補者として選ばれたの。他にどんな輩が候補者扱いされてるかは知らないけど、それなら私が次期の領主に決まっているでしょう?
ねえ、降りて来なさいよ。
そーですかー……
残念ながら、僕の方には、まだ。
そのうちお話が舞い込んでくれるとありがたいんですけれど。
[大樹の枝に足をかけ、ひらりと舞い降りる。
左手には、胴部が瑠璃色に染められた琵琶。
右手には、かれの周りを取り巻く風。
首に巻いたフリンジ付きのマフラーがひらひらと風を受けるのを感じながら、男は軽やかに地に着地する。]
どうもどうも。何かご用件でもおありですか?
あーでも……できることなら、……無理難題なお話以外で。
[朴訥とした青年は、ロネヴェの顔を見て小さく苦笑した。]
どうかしらね。
アンタには勿体ない話よ。
[ロネヴェは、自らも騎乗を降りて、殆ど音も無く着地したジュアンの傍へ歩み寄る。彼の肩に手を掛けるような姿勢で*囁いた。*]
別に。
見下ろされてるのは気分が悪いわ。
あぁ、無理なんか言って無いじゃないの。
ただ、アイツに痛い目見せてやれって言ってるだけ。アイツのが、使い物にならなくなるくらい。
ねえ?
あはははは。
[ロネヴェの手が肩に乗るのを感じ、静かに口元を弛めた。]
んー……どうでしょうねぇ。
僕は痛い目より、楽しい音が好きですけれど。
「あの方」に痛い目を見せて「美しい音」が出るというのなら、考えておきます。
[トン、とひとつ。革靴のつま先を前に出した。]
あー……じゃあ試しに。
[にこにこと笑うかれの足許に、一陣の風が舞う。インディゴブルーのマフラーから無数に伸びたフリンジは、大地から受ける重力の類に反抗するかのように逆立ち、マフラーの端は風を受けて大きく靡く。]
「あの方」に「どこが痛いか」聞いてみましょうかねー……なんて、「あの方」のことですから、多分教えてくれないと思いますけれどね。
[タンと強く大地を蹴り上げ、ロネヴェの頭上――闇に包まれた上空に舞い上がる。]
だから、期待しちゃダメですよー!
[上空でロネヴェに向かって大きく手を左右に振ると、男は何処かへと飛び去った。]
[空を舞い、ロネヴェの視線から立ち去ったかれの元に、使い魔が現れる。――青く澄んだ瞳と銀髪を持つ、若いムスメの形をした、小さな小さな妖精のような「それ」が、かれに言葉を伝える。]
あー……
そういえばロネヴェさんがそんなお話をしてましたねー……。そうですか。僕の所にも。
[目を細め、にこにこと笑う。]
ちょうど良かったですねぇ。領地があれば、誰にも邪魔されずに琵琶が弾けますから。
[すっと右手を上げ、妖精のカタチをした使い魔を掌に乗せた。かれの黒い爪を撫でる「それ」を愛しそうに眺め――]
領地争いをするのなら、いつもよりずうっと良い「音」を奏でる方とセッションができそうです。
僕は何故か下級悪魔の方に絡まれやすいから、普段はつまんない音の無駄なセッションばっかりですしねぇ……
どんな「音」がするのか、楽しみです。
[男が笑み、銀髪の使い魔もつられてにこりと笑む。かれが左手に持つ琵琶の「瑠璃色」は、かれの微笑みに共鳴するかのように、静かにキロリと瞬いた――*]
[「美しい音」が出るというのなら、考えておきます。]
[音、音。
何かにつけて音と言う。
彼、ジュアンのいう”音”とは、通常知覚出来る音波の事を言っているだけでは無いのだろう。しかし、彼がどういった感性で音を捉えているのかは少なくともロネヴェには判らない。]
……どうかしら。
案外、良い声で喚いてくれるかも知れなくてよ。
やってみないことには判らないわ。
[ジュアンが踏み出したので手を離し、
その姿が夜闇に消えたあと、彼の起こした風によって乱れた裾を正した。]
……嫌ね、髪が乱れる。
ジュアンがアイツの弱点だけでも聞き出して来たなら、最高ね。
あの、いけ好かない――
泡沫の雨 ニクス が参加しました。
泡沫の雨 ニクスは、村人 を希望しました。
知らない?
[発された声は、あどけなかった。
性を表す起伏のない、華奢な肢体。肩口で膨らんだ袖の先に伸びる腕も、華美過ぎない程に重ねられたフリルの下から覗く脚も細く、色素は薄い。
白とくすんだ赤の入り混じった寝台の上、巨躯を丸める魔獣に圧しかかるように身体を預け、小首を傾げる。うなじの付近で切り揃えられた髪が揺れた]
睡っているところを起こされるのは、キラいなんだ。
[部屋の大半は白で占められており、他は限りなく黒に近い色彩だった。
身に纏った薄手の絹もまた白く、獣の有す赤い毛並みばかりが目を惹く]
それで、なぁに?
面白い話だとうれしいけれど。
[違ったら。
その先は口にせず、指先に獣の毛を絡めて弄り始めた。
本来獰猛であるはずの魔犬は、主の機嫌を損ねぬようにか、されるがままだ]
[魔王の使いたる者の話を聞きながら、眼差しを窓へと転じる]
[外には、天のみならず地にも闇が広がる。
否、それは屋敷を取り巻く広大な湖だった。
もっともそれも、正しい表現とは言えないが]
へえ。
[話を聞き終えた途端、小さな口が大きく横に割け、釣り上がった。
パチリと瞬いた眼は、室内を覆う薄闇に解け込みそうな程、深い青を宿す]
いい話だね。
[短い毛を弄るのを止めた指を獣の口に差し入れて、濡れた舌に這わせる。
何かに怯えるように眼を見開き暴れようとする魔犬を、片手で難なく抑えこんだ。傍目には、軽く触れているようにしか見えない]
最近、退屈だったんだ。
[鋭い牙に白い皮膚が突き破られて血が流れ出す。
獣の唾液と混ざり合った]
痛いのもキラいだけれど、
[ぴちゃ] [じゃぷ] [ごぽ] [じゅぷ]
[無理矢理に形を変えられているかの如く、赤い巨躯が奇妙に収縮する。
体内から響く水音は次第に大きくなっていく]
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