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― 廊下 ―
[時は授業もすっかり終わった夕暮れ? かどうかはともかく、シスター長は廊下を歩いていた。生徒の数も少なく、とても静かだ。]
この教室も、特に不審な者はいないな。
ふむ。やはり靴下泥棒も一筋縄では出てこないか。
[教室の扉を閉じて、また別の教室へ。
――ふと、その教室の扉が開いていることに気付いた。]
?
誰かいるのか?
[シスター長は、開けっ放しの扉から教室を覗き込んだ。
斜陽に塗れてそこに在るのは、見知った男子生徒の横顔。]
おや。クリストファーくん。
こんなところで独りとは、何かあったのか?
[なんという茶番。]
[青髪の中年。またお前か。
今までの目撃情報から、青髪の中年はデコイとばかり考えていた。本命は別に複数いるのだと。
だが違うのかもしれない。実は複数犯ですらないのかもしれない。
認識を改める。この青髪の中年のポテンシャルは想像以上に高い。であるならば、昨日の靴下消滅事件は単独でも犯行が可能だったのか。もし可能であるのならば、どういった手順でそれを可能にしたのか。
それを調べないことには、取り押さえることはおろか見つけることすら叶わない。それを確信するほどに、ターゲットは常人離れしすぎている。
さらに調査を続けることにする]
嫌な汗をかいてしまったな。
シャワーでも浴びてさっぱりしたい気分だ。
でも、どこにあるんだろう……。
[当て所も無く彷徨っている。]
[額や背中にじっとりとした感触。
シャワーでも浴びたいな、と思っていたところで名前を呼ばれ、振り返る。]
すみません、ちょっと休んでいたもので。
ところで、生憎と僕は記憶を失っているので、貴女がどなたなのかわからないのですが。
貴女は僕をご存知なのですか?
「ここは……どこだ? 何だか暗い…確か俺は、就活に失敗して、それで…」
『クックック!!』
「誰だっ!?」
『俺は……冥王クリュメヌス!! 貴様達が閻魔大王と呼ぶ者だ!』
「閻魔大王だって!?それじゃあ、ここは…」
『貴様は生命活動を停止… 死んだのだ。 地獄へようこそ!!』
「地獄だって!?そんなバカな、だってなんだか普通のビルっぽいぞ!」
『バカは貴様だ… 最近あまりに地獄にくる人間が多いので、地獄もついに構造改革に踏み切ったのだ!おかげでオートメーション化によって大量に人員整理ができたぞ!』
「俺の知ってる地獄と違うな…」
『それより貴様……まだ地獄市役所に行っていないな?』
「そ、そんなものまであるのか!?」
『バカめ、引っ越したら住民票を移す!これはどこの世界でも常識だ!親のすねをかじって生きてきた貴様にはわからんだろうがな!』
「わ、わかったよ……って、結局地獄じゃないか!嫌だ―!!」
『クックック…安心しろ、地獄は今や実力主義…… 手続きがすんだら地獄ハローワークに行くのだ! そこで職を手にすれば、普通の責め苦は免除してやる事になっている…』
「そ、それは本当なんだな?!」
『だが貴様のような生前からろくに努力もしてこなかった奴に、地獄企業の厳しい倍率を勝ち抜けるとは思わんがな…
あれを見ろ!』
「だ、誰なんだ…あの道端で頭抱えてるすげえ暗そうな奴は…」
『あれは芥川龍之介だ!!』
「そ、そんな有名人がなぜ……!?」
『奴はぼんやりとした不安などという意味不明な理由で自殺を図った!!地獄企業は自殺に対してネガティブなイメージをもっているので、面接でとても不利になっているのだ!』
「でもすごく文化的じゃないか!」
『バカめ、地獄憲法に文化的などという文言はない!』
「まるで……地獄だ……」
『地獄に過労死はない!貴様もワーキングプアーとなって永久に1日20時間労働を続けるのだ!』
「いやだー!!・゚・(ノД`;)・゚・ 」
[青年は汗を掻いているようだ。悪夢でも見たのだろうか。
ところでなんで彼を斃そうとしてるんだっけ。原因を思い出せない。思いの他シリアスな雰囲気に瞬きしながらも、シスター長は言葉を返した。]
季節が季節なんだから、きちんと布団で休みなさい。
冬服の時期とは言え、風邪を引くだろう?
[ところで彼は学生なのだろうか。]
わらわはこの学園の陰の枢軸、シスター長瀬織五月――
――・・・・・
・・・・・・待て。クリストファーくん。
記憶がないとはどういうことだ?
[意外かもしれませんがシスター長はここで初耳です!]
「……はっ!? ここは……夢か……
なんだ、夢か…… 頭が痛い…
それにしても、妙にリアルな夢だった…
死んだら楽になると思っていたけれど、どうやらそれは大きな間違いだったようだな…
どうやら死んだら面倒な事ばかりのようだ。住民票も移さないといけないし……
自殺なんてしてはいけないんだ……」
――こうして1人の青年が救われた……
だが、日本では毎年三〇〇〇〇人もの自殺者が発生しており、その中に多くの若者が含まれる… 今も過去最悪を更新している子の社会現象を、私達は何とかしていかなければならない――――
―完―
………ふむ。
前回のリハーサルより良くなったと思うわ。時間も枠内に収まったし。
まあ、文化祭の演劇にあまり社会的なメッセージを盛り込む事については色々と意見があるかもしれないけれど…
お疲れ様。後はみんな、個々人での練習をお願いね。
[クリストファーとシスター長がついに対峙しようという頃、顧問として演劇部の練習に参加していた。]
……じゃあ、私は一旦外すから、後はお願いね。
[そう言って、ハリボテ質な体育館から外に出た]
連絡はまだないのかな……?ふむ……
シスター長、瀬織五月さん、ですか。
恐らく僕が貴女から名前を聞くのは、これが初めてではないのでしょうね。
こんな綺麗な女性に、はしたない真似をしてしまって申し訳ない。
[恭しくお辞儀した。]
言葉のとおり、数日前までしか記憶に無いんです……。
教えてください!僕は誰なんですか!?
[瀬織の肩を掴み、懇願する。]
[さて、瀬織五月は重要なことを忘れていた。
はとりせんせいの連絡先を知らないのだ!
さすがはぽんこつメイドロボ、やってくれるぜ。]
[予想外の展開である。というか彼は記憶がないのに数々の女性関係を展開していたというのであろうか。つまり後天的な要素を取り払った彼の本能というわけだ。なんというモンスター。]
綺麗かどうかはともかくとして、初めてではないな。
だが謝ることはない。
[たぶん。]
そ、そうなのか。それは知らなかったな……。
君の面影といい、髪の色といい、癖っ毛具合といい、君はこの学園の生徒のクリストファーくんだろうとわらわは思うのだが……、ふぁっ!?
[肩を掴まれて狼狽し、僅かに目を逸らしかけた。
もうちょっと頑張れメイドロボ。]
な、なにか覚えてはいないのか?
数日前までのことを覚えているというのなら、数日前に何かあったはずなのだ。酷なことかもしれないけれど、何でもいい、手掛かりさえ掴めれば、手助けの一つもできるかもしれない。
[目的変わってますよシスター長。]
それが……、気がついたらこの状態で……。
……そ、そういえば。
やけに古ぼけた革の手帳を持っていました。
ひょっとして……!
[Cの手帳をぺらぺらとめくる。]
……だめだ、見当たらない。
[瀬織五月の名前は見つからなかった。]
[ところであの手帳なんなんだ。]
よくわからないが、過去のクリストファーくんにとってはさほど親しい間柄とは取られていなかった、ということかな。
[冗談めかして笑った。]
手がかりがない、のであれば。
荒療治になるが……手がないわけではない。
[シスター長は、懐から薬のようなものを取り出した。]
いえ、そんな……親しいかどうかと関係するのかはわかりませんが。
ここまで僕の記憶喪失に関わってくれたのは、五月さんが初めてですよ。
ありがとうございます。
[瀬織の手を取り、瞳を見つめる。]
荒療治、ですか……それは?
[懐から取り出された物体へと視線を移した。]
[Cの手帳……それは、脅威ならぬ胸囲の存在。
頂きと麓の計測値の際で生まれる山あり谷ありのスペクタクルが一定値を超えると、そこに名を刻まれることとなる。
この世界線のクリストファー・ラヴロックが手にしているというのはつまり、その手による実測値の結論が描かれているとそういうことだ。
※捏造です]
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