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[声に川面より対岸へと視線を移す]
私には判らないのだわ。
お父様は…――
[長い長い沈黙は躊躇いを現してか]
もう私を見ては下さらないもの。
教わっていない感情は判らない。
若し、此の胸に孔の穿たれた感覚を寂しいと云うなら、
きっと如何したって誰にも埋めようは無いわ。
其れに、少しも恋しくなんてないのよ。
只――…愛(かな)しいだけ。
[暫し思案するかの如く言葉を留め]
ファーカのご両親はもう、其の記憶のうちより擦り切れているの?
そんなに長い時を離れて過ごしてきたの?
― 川辺 ―
[指先より滴る雫にすと獣の如く瞳を細め]
[対岸へ向けた眼差しは遠く虚空へと向かう]
壊れているのだわ。
当然ね、
腐っているのだから。
其れも――…
[虚空を見詰め長い睫は小刻みに震え]
[漸く立ち上がり視線は水面へと戻される]
愛(かな)しい事ね。
そうか──。
痛みを知らずに居ることは、幸せなのだろうか。
[ふと思い出すのは対の刃の送り主]
[痛みを知らず、消えた少女]
[痛みを知らぬが故、疵を求めていた]
すべての涙は、煉獄で……。
[ヘンリエッタの問いに口元を歪ませる]
そうだな……離れてよりどれくらいになるかも分からない。
彼らは逝き、私だけが取り残されて。
次第に「寂しい」と思うことと共にその顔も忘れてしまった。
彼らも今はもう、次の輪廻の輪の中だろうな。
「痛み」ならば、私も知っているのよ。
[くすり] [くすくす] [くす] [くすくすり]
[嗤う声は優しげで] [嗤う声は哀しげで]
[其れ以上は続けずに静かに頷く気配]
[細い指を頤に添え僅かに小首を傾げる]
[瞳だけは愉しげにすと細まるだろう]
罪とは何かしら?
悪とは何かしら?
私は誰にも償いなんて求めてはいないの。
泪も煉獄なら瞬きの間に揮発するかしら?
[彼女の声音に何を感じるだろうか]
[未だに貌も知らぬ声の筈なのに]
[其れでも何故か親しみに近い想い]
ファーカも輪廻の和に加わりたいの?
[短い声は平坦なれど穏やかな響きをもって]
[さて、と思考を巡らせる]
彼らに見咎められる前に出なければならないか。
見つかり巻き込まれては面倒だ。
[まるで己を説得するかのように呟いて]
[刃を隠しにしまい、そろりと腰を持ち上げる]
あちらからなら──出られるか。
[暗い暗い屋根裏の奥。張り巡らされた柱と梁の狭い隙間]
[四肢をつけて這い進む]
〔ウルズの髪が揺れるのを後ろから眺めて…暫く考えていた。〕
患者さん、ではあるんだろうさ。
…すてらとキミがいなければ…
たぶん皆好きに過ごしてるんだろうね。
ボクみたいに…アハハ。
〔軽く銀髪の方の背を叩き遣ると、洋館へ向かう皆へ場を辞する旨を伝える。男は気紛れに住まいを選ぶことにして分かれ道を行く。〕
罪も善悪も不幸とて、決めるのは誰かだ。
本人にはその基準を持たされてなど居ない。
私はただ、命じられるまま。
その涯に約された無を願って。
[優しげで哀しげなその声に"私"はどこか安堵を覚える]
[これが"同属"ということだろうか?]
煉獄であれば、泣く間も持たずに意識ごと灼き尽くしてくれるだろう。
そうして、次の生へと繋いでいく。
私は──輪廻に加わるには殺しすぎた。
望んでも叶わないことだ。
それでも……そうだな。
[ふ、と微笑む]
会えるものなら、もう一度会ってみたいものだ。
――村内→川辺――
〔歩を進めるごとに、近づく水音。清流は瀬に跳ね…近づく者は其処へ紅を見出す。じっと感覚を凝らして…新たな出会いに薄く笑う。〕
…ごきげんよう、お嬢。
〔独りごちるか細き声を、耳は掬った。…ざり、と小石を踏んでうっそりとか細き者へと近づいていく。〕
――…何が足りないんだろ。不思議な望みだ。
…患者、か。
[確かにその言葉には合点がいって。]
…では、早く治さねばならないな。
治れば…俺にも何か出来るだろうか?
[大男の背に揺られながら、銀の髪もさらさらと揺れる。
背に触れられて、痛みに小さく呻きつつ苦笑い。
道をたがえる彼を、お気をつけて…と見送る。]
[雲の上を歩くが如き足取りは変わらず]
[編み上げのブーツは何処へ向かう心算か]
[ふわふわり] [ふわり] [ひらひらり] [ひらり]
[風の声に耳を澄まし緩やかに歩を進める]
[目的地がある訳も無く川面に飽きただけ]
Someday I want to run away
To the world of midnight....
[先程の歌を口ずさみながら迷子の人形は進む]
[ほんの少し歩いて見止める影は見覚えがあって]
[距離を取って立ち止まり僅かドレスの裾を持ち]
御機嫌よう、おじ様。
私に足りないのはきっと――…死よ。
貴方の望みは、なぁに?
[此方へと向かってくる細長い猫背の影を見詰め]
[小首を傾げ微笑むも傘の柄を持つ手を握り直す]
[ふと隙間から下を覗けば厨が見えた]
[わずかに光るは先ほど置いてきた酒瓶だろうか]
[珍しいものを見るようにそれをみつめ]
──っと。
[板の一枚を外し下へと降りた]
[厨から外へ通じる扉に手を掛け]
夢見の水、か。
[苦笑するように呟くと邸の外へと踏み出した]
そうね、誰しもつくられるのかも知れない。
其れならばカーファ、
貴女自身の望みは何処かしら?
[声に微か滲む安堵の気配は人形の心地も和らげる]
「次ぎ」へ繋がるのは、
此処に留まり続けるより好みだわ。
生きて乗り越えらるならば、
此処に来なかったのではないかと、
私はそう想うのよ。
[笑みの気配に暫しの沈黙が挟まれる]
ファーカ…罪は他者が決めると貴女は云う。
ならば望めば叶うのかも知れないわ。
何処かで、擦り切れた記憶の大切な人達の魂に逢う事も。
[ヘンリエッタの言葉に、"私"は酷く戸惑う]
私の、望み?
私は──。
[唇は何かを伝えようと震えるが、形にはならない]
[代わりに零れたのは、諦めた響きの吐息]
望みを持つことなど、許されない。
死す迄殺し、死して尚殺し。
爪の先まで血に染まり──。
不浄と化したこの私には。
誰かが決めた、私の罪。
確かに。
生きて乗り越えられる程の強さがあったなら、ここに辿り着くことなど無かったかも……しれないな。
ここは「桃源郷」、安息の場所。
故に、罪深き魂を次へと導くが私に与えられた役目。
あとどれほどの魂を導けば良いのか。
今更会おうと願っても、遅すぎる。
[所作すら見えずとも戸惑いは届くだろうか]
[続き紡がれる事無く零れる吐息の重さまで]
[だからか同情は無く同時に蔑みもなく静かに]
私も殺したわ、沢山、殺したわ。
この身の紅く染まって尚、殺したわ。
でも未だ足りない事こそ私の罪なの。
[全く逆の事を人形は罪と言い切る]
若しファーカの罪が本当だったとして、
是からファーカは如何するのかしら?
此処で、何を為すの?
随分と寂れた桃源郷ね。
[揶揄する声はけれど皮肉は籠められず]
[心底此の地の在り方を想っているらしく]
出来る事をすれば良いのだわ。
過去は変わらないし、
先の事は判らないもの。
…罪と罰かしらね。
ファーカの魂が安らかだと好いのに。
――村内――
[最前より変わらぬ足どりで杖つき歩く。双眸はまるで周囲を認識していないように半ば閉じられていた]
――さてと。
何処に向かうか、何を見ようか。
――それが問題だ。
――それだけが。
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