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[いつしか老爺はしゃがみこんでいた。自らの心裡に囚われたかと見える少女に言葉を紡ぐ]
さあ、な。ヘンリエッタよ。そなたがひとりであるか、否か。
それはそなたが決めることじゃ。儂は、知らぬ。
ひとりだと思えばひとり。さにあらずと思うならさにあらず。
何れを求め、如何に動く?
[細身の杖を地面に突いて立ち上がった]
〔柳の集まる望みを追って…幻術師は、ひとつの望みが潰えたのを知った。輪廻のあとさき――夢幻の狭間で、幻術師は一度モーガンの前に跪く。一度礼を取って、友たる父を見詰め――〕
…叱ってくれて有難う…モーガン。
そう、…ボクはまだ自分の魔法に囚われたまま。
純粋な教えをくれる貴方が…必要だったんだよ。
そして皆にも、貴方が必要だ…どうか死なないでほしい…
モーガン、闇は此処に在るのだわ。
[濡れた石榴石の瞳は井戸の闇を見詰める]
[貌の半面は見る間にも腐り赤黒くなるか]
闇を見詰めても、判らなかったのだわ。
この先に何かあると信じるのなら、
貴方も此処へ身を投げると良いのよ。
[闇を見据えた侭に濡れた睫毛が震える]
[井戸の淵を握る赤黒い指は感覚がない]
どれだけ想っても…いいえ。
想うからこそ届かないのだわ。
私はもう、醜いのだから。
[皆は井戸へ行ったのではないかと言われ、窓の外を見る。
小屋の一つから、煙が上がっているのが見えた。]
…火事!?
[粗末な小屋は見る間に炎に包まれて。
思わず飛び出す。
思うように動かぬ足が歯がゆい。]
〔隠者と自分は、互いに夢を見た。望みを。
まだ――大いなるその高みには届かない。〕
……貴方は、妥協のない方だから…御老。
この血と体温の枯れた身体で対峙させて戴くには
余興にすらあまりに無礼が過ぎる…と思ったんだ…。
〔…輪廻を待つ此処で、何ができるだろう。――幻術師は、この空間の性質と価値とを本能的に探り始めていた。〕
夜を越えれば朝が来よう。
闇の先には、無があろう。
それは一切が空となり一切が色となる世界。
[少女の傍らへ歩み寄る。同じように井戸の縁を掴んだ]
想う必要など無い。美醜など気にする謂われは尚更あるまい。
モーガン。
私は――…人形なのよ。
完璧を求められるの。
美しく在るのが当然なの。
私が其れを失う事は、
人が其れを失うのとは意味が違うのよ。
心を震わせ腐れたからこそ、
私は全てを失ったのだから。
[老人の言葉に薔薇色の唇が白く成る程に噛みしめ]
其れでも…愛しいと想ってしまったのだわ。
〔焼け焦げた外套を…身体から剥がす。〕
……。…よく燃えたもんだ、ね…
…ック…
〔服下から覗く黒い身体を隠すように、猫背を更に丸める。まだ燻る煙をその身から立ち昇らせる侭に、目を瞑り…枯井戸を落ち来るものの気配へと耳を*澄ませていた*〕
そうね、モーガン。
心を震わせ腐りながら、
私は私の観るべきものを観るのだわ。
[背を向ける老人へと視線は投げず]
[石榴石の瞳は濡れた睫毛が伏せる]
―――其れでも、わしはお主を愛しく思うよ。
涙を流す、お主のその姿が…。
[ふらり、立ち上がり血色の失せた顔でヘンリエッタへ力無く微笑み]
しゃあろっと、なさにえる…一度屋敷へ戻ろう。
此処に居らぬ者に伝えねばならぬ。
[視線を合わせぬまま、二人へと声を掛け。歩みを進めようとしたところで顔を上げる、徐々に強張って行き]
…風が…
[掠れた声で呟くと駆け出す、微かに漂う煙の方角へ]
嗤いたければ嗤うと良いのだわ。
人形如きが分不相応に心を持ち、
腐れて逝くのは滑稽だと。
けれど私は其の声を聴きわけ、
殺してからこの闇に投げ捨てる。
[絶対零度の静かな声が告げる]
[遠く聴こえる声に瞼を持ち上げ]
[紅く揺れる空に瞳を細めるか]
綺麗…
[無意識のうちに小さく呟き]
燃えているのだわ。
ステラ、貴女が見ているのは誰?
ひとりは厭と駄々を捏ねる子供を、
大人は嗜めるべきなのだわ。
[唇を尖らせふいと彼女の方から顔を背ける]
[駆け出す気配に顔をあげるも呼ぶ声が聴こえ]
[暗殺者へ向き直るより早く腕は伸ばされる]
――…
[どろどろと腐って逝くのに人形の胸は温かい]
[柔らかな肢体に包まれて震える腕は――…]
シャーロット…
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