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『最終動作確認。対象は既に選出済み。開始は予定通り。』
[クラブの内外に築かれた防諜設備を掻い潜っての信号発信。
返答は返らないがそれは失敗を意味しない。]
[Umbreと繋がっている、この感覚が全て順調であると、確かに告げている。
──そう、ここまでは。]
コーネリアスが。
不在であるのは非常に助かる。あれが一番のネックであったから。
戦闘においても、影の領域の構築・維持という点においても。
――B2F "Red"floor――
〔空間を染める警戒色は、理性に対してのものか。"Red"で日夜催されるイベントの合間、今はスタッフによって舞台装置の搬入やら撤去やらが行われている様子。とは言え、人の出入りは疎らではなく…却って開放的な雰囲気が漂う。〕
〔"WidowedGentleman"の二つ名を持つ男装の女は、置き去りにされたアンプのひとつに凭れかかる微睡みから、今醒めたばかり。〕
……
――…ンー。…
〔気だるく豊かな紅髪をかき上げて、乱れた結いを緩慢に解く。
紅に満たされる周囲を見回すと、常連客やスタッフ等顔馴染の姿が視界に入る。彼等はどうやら、遊びながらもさりげなく不心得者から此方を守ってくれて…否、此方から新参の客を守ってくれていたらしく…女は、感謝めく笑みに寝起きの面持ちを和らげる。〕
…気遣わせてしまったな。…
〔ふぃと束の間申し訳なさそうな色さえ過るも、無言の裡に為される間柄であれば、彼等に対しては礼も詫びも必要なかった。ただ、此方がうれしかった…ということを纏う雰囲気で伝えたのみ。〕
〔そのまま寝乱れた髪を、鏡も見ずに慣れた態で整える。その髪と同じ色の灯りに、瞼の裏まで染まってしまったかとも憶えつつ…昨夜の深酒を思い出す。〕
……、…最後の、一杯…
〔皆が引けた後、バーテンから勧められたひとつのグラス。〕
……あれは…? …
〔よく冷えたグラスに注がれていたであろうそれはすっかり温くなっていて、却って舌の上に味わいがきつく感じられた。バーテンは何も言わなかったし、此方も敢えて聴きはしなかったのだけれど。誰かがそれに添えた言葉を…聞いていた気もするのに。〕
〔――感情は時に、別の其れを呑み込んでしまうことがある。
だけれど、此方にはきっと呑まれた其れもいとしい。〕
〔女はシンプルな黒いアンプに何とはなしに両腕を絡めて、二日酔いに届かぬ程度の倦怠感を味わいつつそんなことを思い…ぼんやりと紅く照らし出されるフロアを見詰めた。〕
─B2F "Red"floor─
[アンプを抱くように持たれかかる男装の麗人の後ろに気配が出現する。
それが完全な背後でなく、数歩離れた場所であるのは、戦意を持っておらぬことの表明であるのか。
静かに気配は近付いたかと思うと、女の頬に露のついた冷たいボトルを押し当てた。]
……、…
〔床を見詰めた侭の様子は、昨夜のように思案へ何かを求めるようではない。ただ自らの回復を寛いで待つ…といった態。やがて薄皮を剥ぐように間合いの境へ気配が灯ると、振り返らぬ紅髪を一度ゆらんと会釈めかして揺らして見せる。〕
……アッハ、…
〔近づく訪れを抵抗なく容れると、不意の冷たさにひくと首を竦めて――思わずといった笑い声を上げる。そのあとは手探りでボトルを受取り…〕
…、……逢いたかったよ。
〔矢張り礼も詫びも口にせず、振り返りながら言った。〕
[果たして影はひっそりと立っている──
もう片方の手にもミネラルウォーターのボトルを持って、振り向いた麗人を見詰めている。
その唇にはやはり夢見るような微笑が浮かんでいる。]
……「逢いたかった」か。
何故?
[問い返し、闇黒の眸は、相対する相手の瞳の奥を映した。]
…何処に座るんだい。
〔此方とそれなりの時間を過ごしてくれるつもりらしい影の様子に、女は無機質な手触りのアンプを抱く腕を解く。その上と、傍らの床、それから半ば面白がるように…自らの膝…それぞれを選ばせるようにやさしく叩いて彼に示し〕
…訊くと思ったよ? …でも、応えを用意していない。
いつもそうなんだけれどもさ。
〔見詰め返す瞳は、自らの裡に暫し思案を置くよう。
本当は、思いつくだけでもかなりの理由はあって…それが全てでもないとは、自ら知るところであり。それらを一息に影に告げてしまうのは勿体無いような気がした。〕
〔――ややあって、緩い頷きを馳せ…〕
一緒に生きてみたくなったから。多分。
[女の声に耳を傾けながら、置いてあるアンプに軽く腰掛けた。
その唇に浮かんだやや微笑が深くなったのは、見る者の錯覚ではないのだろう。]
生きる。
明日生きているかどうかも分からないのに?
[低く尋ねる声は、あくまで優しい。]
〔見下ろすような位置を取る影に、此方の笑みもまた別の意味合いで深まる。何か言いたそうにはしたようだったが、今はその時ではない…と秘めもして。視線を合わせた侭なので、まるで忍び笑いを交したようでもあったか〕
…そうだな…わからない。
だからと言って、この厄介な好奇心の疼きは…
なくなったりしないようなのだよね。
〔彼が腰掛けるアンプの端へ片肘を乗せて、自らへ呆れる態で肩を竦める。降る声音の響きにか、ほとほとと彼の膝を叩き遣る〕
君のことが、知りたいな…ジーン。
嘘があるならその嘘も…そうすればきっと、私にはわかる。
…君のことをきらいになったりはしないよ。
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