[――爆発音が聞こえる。]


《――また？》


[カオナシ《faceless》の表情は伺えぬ。
歯車をかきりと鳴らして、電柱の上から
再び姿を消す。消えては、現れる。

鮮やかな血の匂いは
刻まれた記憶を呼び覚ます]

「―――　　…た　、　く、　　ない」

　

[かすれた声はこどものものだったのか
かれの記憶のものだったのか定かではない。

空間を跳躍する。

その狭間、見たのは“人間が爆発する有様”]

《――…！》

[誘爆する。
爆発に巻き込まれそうな人が見える。
己に架した、救えるはずのない手を伸ばすなと
その戒めを刹那忘れて伸ばした右手が掴んだ腕が前触れ無く爆発して白い異形に傷をつけた。

蚊は焼けて落ちる。]

[腕に走る痛み、　装甲は固くない。]

[カオナシ《faceless》の姿が見えたのは
僅かの間だったゆえ、
見るものは少なかっただろう、
あるいは気のせいかと思われたか]

[――異形の姿は、消え失せて]

―建物の影―

…っ、つ……

[積まれたビールケースの横、
腕を押さえて壁にもたれた。
小さな傷。程無く、癒えはするだろうが。]


――誰だ。


[低い声には憎悪が宿る]

　　　　　　　……誰が―――

[ピアスの孔が痛む。
思い出すのは犯行声明。爆弾テロ。
根源を断たなくては。
始めるべきは、“狩り”の、時間**]

―― 商店街/建物の上 ――

[瞬きをすれば、見失っただろう。

女が、時の狭間に見たものは現か幻か。
幻影は音を紡がない。
爆発の騒音に紛れて伸ばされる、白い腕ひとつ。

掴んだ腕を引き戻すは叶わず
さりとて、幻の伸ばした手は最期まで離さず――。

その秒刻を最後に、幻は掻き消える。]

　――――。

[メイドは、眠そうな目をわずかばかり開く。
幾ら見開いても、断片的に映り消えた白い影は見当たらない。]

　…………

[眼下には躄るヒトのようなものの群れ。
メイドはそのどれもに目をやる事無く
段々と動きが弱まっている少年へと向けられた。]

　――――♪

[笑顔が一つ、尾を引いて
姿を変えたメイドはその場から音無く消えうせる。]

[姿ひとつ、少年ひとり。
繋ぐべき手を喪った存在を、異形が抱えている。]

　――――止血が必要ですね。
　私の手持ちで……間に合うか間に合わないか。
　まずはここから離れなくては――。

[腕の中、呼吸が弱まって行く存在に目を落とす。
再び足を動かし、熱気冷めやらぬこの場所から撤退を。
――さえぎったのは、ひとつの空き缶。]

　――――。

[見れば、煙の只中で異形の出没に気付いたのは一人だった。
だが、彼が呟いた一言で、生き延びた人々も我に返る。]

「ね……ＮＥＸＴだッ……！」

[怯える者。敵意を向ける者。
市民を護らんと銃を構え前へ出る警官。
警邏の中で何やら無線を行う者。

メイドだったものは、その全てを一瞥し、

響いた一つの音に、左胸を抑えた。

――異形の体に一つ、色の無い華が咲いている。]

　――――。

[ＮＥＸＴと呼ばれたその者は
少年を抱きかかえる位置を変え、右腕一つで支える。

そのまま、穿たれた左胸から零れる液体を見下ろし
再び、視線を周囲の人々へ戻した。]

[彼女に挙動は無い。
動きがあったのは、取り囲む形で密集していた
生き残りの市民、その足元。

炎は揺らぎ、濃く影を形作る。

悲鳴と、怒号と、断末魔と――
足元から生えたチェーンに、数人が串刺され
汚物と血液を吐き出しながら、だらりと垂れ下がる。
中には抵抗していた者もいたが
すぐに動かなくなった。

チェーンはうねり、異形の元へと蛇行する。
異形は、出迎えるようにチェーンを素手で掴んだ。
――肉の擦れ斬れる音が聞こえる。]

[チェーンの抜けた"被害者"が、人ごみへ落ちる。

異形はそちらを見向きもせず、どこからか
薄っぺらい――刃を失ったガイドバーを取り出す。
ガソリン部、動力となる本体が焼き落ちているそれ。

液体の噴出と共に、腕から管が生え
チェーンソーの動力部へと寄生して行く。

警官が威嚇ではない銃撃を行い
数人が盾を構えて突撃の構えを示しはじめていた。

女は、肉体を幾らか穿たれながらも
彼等の動きをじっくりと見届け、
――"完成した"チェーンソーを構える。]

[気付いたたった一人は、声にならない声を上げた。
周りが、聡明な一人の恐怖に気付くより先に
異形の姿は消えていた。

リコイルスターターを引く音も
エンジンが始動する音も
何一つとして、彼女の"起こり"は都民に把握できず


拳銃を、或いは盾を構えていた警官。
自らを護る筈の武器ごと
握るべき、手首から先を喪っていた。]

[刃の廻る音がする。
異形の姿は、一台の警邏の上にあった。

――腕を喪った警官達の上半身が、ずれ落ちる。

警邏の中には無線通信を行う一人。
彼女が、怯えるその姿を見る事は無い。

ボンネットから突き出した新たなチェーンが
フロントガラスを破り、無線機ごと頭部を貫かれた。]

[――街が再び悲鳴に支配されたのは
ツキシロが建物の影に身を隠して程なく。]
　
…――っ

[顔を上げる。]

[――　ギィン、と　鋭い音]

　

[――暴れるチェーンと刃。

フロントガラスの砕ける破片、
その暴虐を歯車が意志ある如く断ち
あるべき場所へと戻る。

歯車を従えた白い異形が幻のように現れ
手すりの上に浮かぶように片足で立つ。
性別不詳のヒトガタ。

――新手だ、と
恐れに引きつった声がどこからか聞こえる。
恐慌状態に陥った者には
もう“どちら”でも関係がないのかもしれない。
カオナシ《faceless》は暴虐の中心にあるおんなのかたちの異形を見た。その腕に抱かれた少年。

僅かに反応する。]

　――――。

[惨劇を目の当たりにして
一歩遅く、群がっていた生存者達が場を離れ出す。
中央には死体。
或いは、爆破で瀕死の重症を追った者達。]

　――――。

[まともに立っていたのは一人。
立ち向かってきたのは、たった一人。

悪意の全てを悉く断ち破って
硬質な音を響かせる。]

　――――。

[右腕には少年。
左手にはチェーンソー。
異形は、立ち塞がるもう一人の姿をじっと見つめる。]